記事について: この記事は、2026年10月21日に発表されたIBMA Momentum Awardsの公式結果と、各アーティスト・レーベル・音楽メディアが公開している資料に基づいています。演奏技法については、資料で確認できる事実と、聴き手向けの分析・練習上の着眼点を分けて記述します。
International Bluegrass Music Association(IBMA)は2026年10月21日、テネシー州チャタヌーガで2026年のMomentum Awardsを発表しました。Band of the YearはThe Creekers、Vocalist of the YearはLydia Hamby、Instrumentalist of the YearはLuciya SullivanとJean-Baptiste Cardineauが受賞しています。
Momentum Awardsは、ブルーグラスでキャリア初期にあるアーティストや業界関係者を対象とする賞です。ベテランの年間最優秀者を選ぶ本賞とは少し役割が異なり、「次に誰を聴くべきか」を知る入口として使いやすい賞でもあります。
出典: IBMA - “Winners of the 2026 IBMA Momentum Awards Honored at IBMA Business Conference” (2026年10月21日)
IBMA World of Bluegrass 2026は10月20日から24日までチャタヌーガで開催され、Business Conference、Bluegrass Ramble、Bluegrass Live!、各種アワードなどが組み合わされたイベントです。イベント情報は公式サイトで確認できます。
公式イベントURL: IBMA World of Bluegrass
1. The Creekers: 東ケンタッキーの6人編成で「歌」と推進力を両立
Band of the Yearを受賞したThe Creekersは、東ケンタッキーを拠点とする6人組です。Warner Records Nashvilleの公式プロフィールでは、Tanner Horton(ボーカル/リードギター)、Allen Hacker(ボーカル/リズムギター)、Jagger Bowling(ベース/ボーカル)、Ashton Bowling(カホン)、Scott Sutton(バンジョー/ボーカル)、Anna Blanton(フィドル)という編成が示されています。
バンジョー、フィドル、2本のギター、ベースというブルーグラスの主要な弦楽器群に、ドラムセットではなくカホンを加えている点が特徴的です。伝統的なアコースティック感を残しながら、現代的なカントリー/ポップ寄りの明確なビートも作りやすい編成です。
2026年9月18日に公開された**「Better Way」**は、10月30日発売予定のセカンドアルバム『Follow The Sound』からの先行曲です。レーベルは同作を、アパラチアのカントリー/ブルーグラス感と物語性を組み合わせた作品として紹介しています。
出典: Warner Records Nashville - “The Creekers Announce Sophomore Album Follow The Sound” (2026年9月18日)
演奏の聴きどころ
The Creekersを聴くときは、個々の速弾きだけでなく、**「歌を前に出したままアコースティック楽器がどれだけ推進力を作るか」**に注目すると分かりやすくなります。
- リードギターとバンジョーが同時に音数を増やしすぎず、歌の隙間をどう埋めるか
- フィドルが長い音で歌を支える場面と、短いフレーズで応答する場面の違い
- カホンとベースが作る拍の芯に、ギターのストロークがどう噛み合うか
- 複数のボーカル担当者によるハーモニーが、器楽の密度とどう入れ替わるか
ブルーグラスを「高速ソロの音楽」としてだけ聴かず、歌→フィル→歌→器楽ブレイクという受け渡しを追う練習にも向いています。
2. Lydia Hamby: マンドリンを弾きながら歌うボーカリスト/ソングライター
Vocalist of the YearのLydia Hambyは、ボーカリスト、マンドリン奏者、ソングライターとして活動しています。East Tennessee State University(ETSU)のBluegrass, Old-Time and Roots Musicで学び、ETSUのBluegrass Pride Bandで2年間ツアーを経験した後、ソロ活動を展開しています。
2026年1月9日にGravy Recordsから発表された**「So Through With You」**はHamby自身の作曲で、彼女がリードボーカルとマンドリンを担当しています。録音にはBen Watlington(ギター)、Brady Wallen(バンジョー)、Aynsley Porchak(フィドル)、Max Etling(ベース)、Colton Baker(ハーモニーボーカル)が参加しました。
出典: Bluegrass Today - “So Through With You from Lydia Hamby” by John Lawless (2026年1月9日)
演奏の聴きどころ
この曲では、まず歌とマンドリンを別々に聴くのがおすすめです。
マンドリンには、ブルーグラスのアンサンブルで裏拍を短く切る「チョップ」の役割と、歌の間に短いフレーズを差し込む役割があります。歌いながら演奏するプレイヤーを見るときは、次の点を追うとアンサンブルの設計が見えてきます。
- 歌っている間は伴奏をどこまで単純化するか
- 歌が切れた瞬間に誰がフィルを担当するか
- フィドル、バンジョー、マンドリンの三者が同時に前へ出ず、どう空間を譲り合うか
- ハーモニーボーカルが入ったときに伴奏の密度がどう変わるか
速さそのものより、ボーカルを中心にした「引き算」の巧さを聴くと、歌ものブルーグラスのアレンジを理解しやすくなります。
3. Luciya Sullivan: 5弦バンジョーでブルーグラスとケルト音楽を接続
Instrumentalist of the Yearの一人、Luciya SullivanはThe Sullivan Sistersのバンジョー奏者/ボーカリストです。公式プロフィールによると、2023年のRockyGrass Banjo Contestで1位、2024年のOld Fiddlers ConventionのAdult Banjo Contestで2位を獲得しています。
2026年10月16日にThe Sullivan Sistersが発表した**「Possum Run」**は、Luciya Sullivanとフィドル奏者Finn McGuinnessの共作です。録音はLuciya Sullivan(バンジョー)、Soraya Sullivan(ギター)、Finn McGuinness(フィドル)、Gabe Zinser(マンドリン)、Sammy Mougin(ベース)という5人編成。曲の途中にはケルト音楽風のメドレーが組み込まれています。
Luciya自身は、この曲を高速なブルーグラス曲から着想し、即興しやすいコード進行を作った後、当時聴いていたケルト音楽の装飾音や三連符をバンジョーに取り込みたいと考えた、と説明しています。
演奏の聴きどころ
「Possum Run」は、バンジョーの速さだけを数えるより、リズム語彙が途中でどう変わるかを追うと面白い曲です。
- ブルーグラス側では、連続する細かな音が一定の拍感を保つか
- フィドルが主旋律を取るとき、バンジョーが前景から伴奏へどう移るか
- ケルト風の区間で、三連系の装飾が通常のブルーグラス的な流れとどう対比されるか
- メドレーを挟んだ後、元の高速感へ戻る瞬間にテンポ感が崩れないか
異なる伝統音楽を単に並べるのではなく、同じ5弦バンジョーでフレーズのアクセント感を切り替えるという観点で聴くと、現代的なクロスオーバーの作り方が見えます。
The Sullivan Sistersの公式プロフィールでも、Luciyaはバンジョーとボーカル、Sorayaはギターとボーカルを担当すると明記されています。
出典: The Sullivan Sisters - “About” (2026年10月23日参照)
4. Jean-Baptiste Cardineau: Bill Monroe以後の伝統を、ジャズ/クラシックの学習経験と接続
もう一人のInstrumentalist of the Year、Jean-Baptiste “JB” Cardineauはフランス系アメリカ人のマンドリン奏者、歌手、ソングライターです。2025年FreshGrass Awardsのマンドリン部門で1位を獲得しており、Berklee College of Musicではジャズ、クラシック、その他の音楽スタイルを学んだと紹介されています。
一方、彼のブルーグラス側のルーツとして、イベント紹介ではBill Monroeや、師でもあったFrank Wakefieldの影響が挙げられています。つまり「伝統を離れる」のではなく、初期ブルーグラスのマンドリン語法を中心に置きながら、他ジャンルの耳と語彙を持ち込むタイプの奏者として捉えると分かりやすいでしょう。
出典: FreshGrass - “2025 FreshGrass Awards Finalists” (2026年10月23日参照)
出典: Club Passim - “JB Cardineau” (2026年10月23日参照)
2024年のセルフタイトル作品『Jean-Baptiste Cardineau』では、本人がギター、マンドリン、歌、ミュージカルソーを担当し、全曲の作詞作曲も手がけています。収録曲**「Le Parapluie」**を含め、演奏家としてだけでなくソングライターとしての側面を確認できます。
出典: Bandcamp - “Jean-Baptiste Cardineau” (2024年6月11日)
演奏の聴きどころ
マンドリン奏者を比較するときは、「何音弾いたか」より次の3点を意識すると差が分かりやすくなります。
- アタック: ピックが弦に当たる瞬間の硬さ/丸さ
- 音価: 一音を短く切るのか、トレモロなどで伸ばすのか
- 拍への置き方: 拍の真上に置くのか、わずかに前後へ動かして推進力や粘りを作るのか
Cardineauの場合は、Bill MonroeやFrank Wakefieldにつながる伝統志向という資料上の背景と、Berkleeでの幅広い学習経験を頭に置き、伝統的な語彙の中でフレーズの輪郭や間の取り方がどう変化するかを聴き比べるとよいでしょう。
4組を並べると見える、2026年のブルーグラス
今回の主要な演奏部門の受賞者を並べると、単純な「伝統派対プログレッシブ派」という分け方では捉えにくいことが分かります。
| 受賞者 | 主な入口 | まず聴く曲/作品 | 注目するポイント |
|---|---|---|---|
| The Creekers | 6人編成のバンド | Better Way | 歌とバンジョー/フィドル/ギターの受け渡し |
| Lydia Hamby | ボーカル+マンドリン | So Through With You | 歌唱中の伴奏密度とフィルの譲り合い |
| Luciya Sullivan | 5弦バンジョー | Possum Run | 高速ブルーグラスとケルト風区間のリズム変化 |
| Jean-Baptiste Cardineau | マンドリン+作曲 | Jean-Baptiste Cardineau / Le Parapluie | 伝統語彙と幅広い音楽教育の接点 |
共通しているのは、全員がブルーグラスの基本編成や語彙を捨てていないことです。そのうえで、The Creekersは現代カントリー的な歌の押し出し、Hambyはシンガーソングライターとしての構成、Sullivanはケルト音楽との接続、Cardineauは初期ブルーグラスと幅広い音楽教育の接続という、それぞれ異なる方向へ広げています。
IBMA Momentum Awardsを「将来売れそうな若手一覧」とだけ見るのではなく、ブルーグラスの基本語彙が次世代によってどう再配置されているかを見る資料として追うと、演奏を聴く楽しみが増えます。
参考資料
- IBMA - 2026 Momentum Awards受賞発表
- IBMA - Momentum Awards
- IBMA World of Bluegrass 公式サイト
- Bluegrass Today - 2026 IBMA Momentum Award winners
- Warner Records Nashville - The Creekers
- Bluegrass Today - So Through With You from Lydia Hamby
- The Sullivan Sisters - About
- Grateful Web - Possum Run
- FreshGrass - 2025 Awards Finalists
- Club Passim - JB Cardineau
- Bandcamp - Jean-Baptiste Cardineau